今年は例年より雪も少なくお陰様で屋根に上っての雪下ろしもなく、例年よりは少し楽な冬となりました。それでも本堂前には屋根から落ちた雪が2メートル位積もって居ました。住職も今年で数えの84才、母も83才を向えました。それでも住職はお参りさんのお経や祈祷など元気にしてくれて居ります。本当に有難い事だなぁ、と感謝して居ります。そのお蔭で私も2回目の四国巡拝をする事が出来ました。毎回農協観光さんにお世話になり20人程の人数でお参りさせて頂いて居ります。今回は涅槃の道場香川県です。香川では善通寺さんに泊めて頂きました。私にとっても、四国で初めての宿坊です。十二年前、子供たちと香川善通寺を目出して歩いている時は、四国の歩き遍路を始めて四年目でした。子供たちの夏休みを利用しての最後の年でした。第七十四番甲山寺さんから善通寺さんの間は四国に来て始めて雨に降られた所です。この間は私と長男の二人で歩きました。あいにくの雨で妻と下の子二人には車で移動してもらい、善通寺さんの駐車場で待ってもらう事にしたのです。雨も降っていたので、私は少し早歩きになっていました。でも、長男の歩く速度が少し遅い事が気になっていたのです。少しでも早く善通寺さんに着こうと思って居りましたので「もう少しや、ガンバレるか?」、と話した事を思い出します。でもその夜、長男が熱を出してしまいました。その時は子供に対して【本当に悪い事をした】と思いました。私にとって、そんな思い出のある善通寺さんに泊まらせて頂きました。十二年前は子供が熱を出したこともあり、「広い境内だなぁ」と漠然と覚えていただけでしたが、その日のお参りを終え、夕刻にお寺に着き、ゆっくりと境内を歩きました。もう五時を過ぎて居りましたので他のお遍路さんの姿もありません。ゆっくり境内を歩きました。懐かしく色々な事が思い出されます。妻や檀家さんと色々な話をしながら歩いて、しばらくすると善通寺さんの宿坊に着きました。お寺の方からお話を聞いて、部屋に通して頂きました。部屋はこじんまりとして、とてもキレイでしたがテレビ等はありません。とても静かな部屋です。お茶を飲み浴衣に着替えて夕食を頂きました。その日のお参りの事。十二年前のお参りの事。楽しく話しながら、その日は床につきました。次の日の朝の勤行は広い御影堂で行われました。朝勤行の時、お坊さんは十人程居られました。私も壇上に上がり一緒にお経を唱えさせて頂きました。【前讃】、【理趣経】、【後讃】。いつも自坊でお唱えしているお経です。若いお坊さんの声を聴きながら一緒にお経を唱えさせて頂き、心地よく有難い事だなぁ、と思いました。その後善通寺のご住職様から法話をして頂きました。そして【十善戒】と云う戒律を授けて頂きました。ご住職様が「不殺生」とお唱えになると朝勤行に参加された他のお遍路さんも「不殺生」と住職の後に続いて唱えます。そして十の戒律を一つずつ授けて頂くのです。【不殺生・ふせっしょう】殺すなかれ、あらゆる命を大切にして下さい、と云う事です。【不偸盗・ふちゅうとう】盗むなかれ、自分の物と違う物をむやみにほしがってはいけません、と云う事です。【不邪淫・ふじゃいん】夫婦は仲良く、家族皆仲良くお互いを尊重して下さい、と云う事です。【不妄語・ふもうご】うそをつくなかれ、お互いを信じ合い正直に話をして下さい、と云う事です。【不綺語・ふきご】綺麗ごとを言うなかれ、自分の言葉をよく考えて話しましょう、無意味なおしゃべりはあまりしないでおきましょう、と云う事です。【不悪口・ふあっく】悪口を言う事なかれ、乱暴な言葉を使わずやさしい言葉を使って下さい、と云う事です。【不両舌・ふりょうぜつ】二枚舌を使う事なかれ、筋の通らない事は言わずに思いやりのある言葉を使って下さい、と云う事です【不慳貪・ふけんどん】欲をかく事なかれ、惜しむ事無く施しをして欲張らず他の人と分かち合いましょう、と云う事です。【不眞意・ふしんに】怒るなかれ、少しの事で怒ったりしないで何時も心を穏やかに保ちましょう。にこやかに暮らしましょう、と云う事です。【不邪見・ふじゃけん】よこしまな見方をする事なかれ。人の言葉に惑わされず、間違った考え方をしない事。物事を正しく判断して下さい、と云う事です。いつもお経を唱える前に私たちが仏様と約束している事です。戒を授けて頂いた後、御影堂下の階段巡りをさせて頂きました。真っ暗で何も見えません。横の壁に手を当ててそれを頼りに歩きます。すぐ前の人が何処にいるのか、その姿も見えないのです。壁を頼りにゆっくりゆっくり歩いて行くと灯りが見えて来ました。灯りの近くにお大師様が優しいお顔で座って居られました。そして私たちをにこやかに見つめて居られます。そこにはお大師様の声が流れていました。「尊い命を大切に生きて下さい」と私たちに語りかけて下さっていたのです。限りある命だからこそ、私たちは毎日を大切に生きなければなりません。当たり前の事だけれど、なかなか出来ないのも人間です。そんな大切な事を教えてもらった様に思いました。朝食をすませて本堂をお参りさせて頂き、次の神恵院さんへお参りさせて頂いた時の事です。山門をくぐると百段近くの階段があります。その途中に少し平らになっている所があります。そして又長い階段が続いているのです。その階段の途中の少し平らになっている所で、もうお参りを終わられたお遍路さんのお婆さんとお母さんの出合いました。そのお母さんの背中で眠たそうにコックリコックリ、うつらうつらとしている五才位の女の子とすれ違ったのです。女の子はお母さんの背中で何やら寝言のようね歌を歌っています。今流行っている「特別なスープをあなたにあーげる。あったかいんだからぁ」と寝ながら歌っていたのです。そのお婆さんとお母さんと目が合い笑いながら会釈をしました。その時とても暖かい気持ちになったのです。たまたま偶然に階段の途中ですれ違いねぼけまなこの女の子の歌を聞いただけでとても幸せな気持ちになりました。いくら正しい事を言ってもらっても教えてもらっても。いくら有難い教えを授けてもらっても。【心が暖かくなかったら】素直に自分の心の中に入ってこないなぁ。とその時私は思ったのです。毎日を正しく生きる事はとても大変な事です。私たちが日々の生活の中で【暖かな心】を持って生きる事、生活する事は水子等にとってもご先祖様にとってもとても良い供養になると思います。私はこの小さな女の子からとても大切な事を教えてもらったと思いました。 小林 弘尚 合掌